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maiko

Author:maiko
タイ式セラピストのスギウラです。自然使いの癒しな魔女を目指しています。セラピーもリラグゼーションも両方大事♪♪医王会のZen Shiatsuを習得中です。
他に、リマクッキングスクールにてマクロビオティックの勉強中。体のことを知れば知るほど、内側からのアプローチの重要性を感じます。
趣味は、薔薇の栽培。漫画。落語。競馬。

hideを愛する永遠のロック少女を自認しておりましたが、とうとう最近、BIGBANGのG-DRAGON(ジヨン)に射抜かれ片思いの熱愛中。
↓未亡人ですので法事も行きます。
(ロラパルーザも行きます!)

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【 北泰の国から2009 】最初の寂しさ

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(北泰の国からシリーズやっと更新~。でもまだ日本でのお話~。)

二人で話し合いながら旅の計画を立てるのはとても楽しい時間だった。二人とも仕事をしているので時間を合わせられる機会もそうあったわけではないが、それでもいったん会って話し始めれば、事はサクサクと決まっていった。まず行程が1月29日出発~3月9日帰国で決まった。上手い具合に「39泊して39の日に帰る」なんて語呂合わせが出来ちゃって”おお、これはもうこの日に決まりだよね”って感じだった。

1月29日出発にしたのは、ちょっとわけがありまして。
ワタシが「1月31日にX JAPANがバンコクでやるんだけど、それに行きたいんだよね~」とか言ってみちゃったわけです。おそるおそる(←絶対Y嬢にはおそるおそるに映ってないでしょうが)。以前、Y嬢に別のライブに行かないか聞いてみた時「ワタシにロックは無理です」の一言で撃沈した経緯もあるので、超おそるおそるです。そしたらY嬢から返ってきた答えが意外にも「ワタシも行きたい!歌うのTOSHIだよね?叩くのYOSHIKIだよね?じゃあ行くー」と、ノリノリでねえの。ファン的には「弾くのPATAだよね?HEATHだよね?HIDEだよね?」も確認してほしかったけどまいっか。

ところが・・・。トントン拍子にハナシがまとまってうきうきしていたその矢先に・・・そうです。バンコクでのデモが勃発。X JAPANのタイランド公式サイトで発表していたチケット発売日になっても、一向にインフォメーションがされない・・・。いやな予感がした。そして予感は的中してしまった。次に公式サイトのインフォメーションが更新された時、その内容は「政情不安により、バンコク公演を延期する」というものだった。予感はしてたけどもうがっくり。これがあるからこの日にして飛行機のチケット取ったのにさー、ぶひー!!!

「”バンコクAプラン”がダメになったなら天から与えられた”Bプラン”を楽しめばいいじゃん」と、気を取り直したら今度はY嬢が「X JAPANやらないんだったら、別の(日本でやる)ワークショップに行く」と言いだすですよ。つまりは一緒に出発しないってわけね。なーーーんか、今まで結束していたものがガラガラ崩れたような気分になって、落ち込んだ。実際は、大の大人が恥ずかしいくらい結構落ち込んだんだけど、それを表には出しちゃいけないと思って、こらえた。

だって、自分の身に置き換えて考えてみたら、自分のやりたいことがあるのに、友達に遠慮してそれを言えないとしたら、それはとっても苦しいと思うもん。だから、本当は寂しい気持ちを後ろ側に隠して、「ワタシはこれがしたいです」と伝えてくれたY嬢に感謝をしつつ、「ワタシ一人で先にチェンマイ行ってるね」と平気な麻衣ちゃんやってみた。

ワタシにとっては、友達と旅行に行くなんて予想だにしていなかった奇跡で、そんなことが自分の身に起こってすごく浮かれていた。そんな有頂天からハナシが変転したから、ものすごい暗い谷底気分だったんですよね。今、考えると一人でタイに行くくらいサラッとやっちまえよ、って感じなんだけど。

結局このハナシは、Y嬢が旅行代理店に問い合わせてみたところ、日程変更がうまい具合に出来なくて、元の計画通り二人で一緒に行く事に収まった。それでちょっとホッとしたんだけど・・・。

どういうことで自分は寂しくなるのか、その寂しいって気持ちをどこまで伝えていいのか、結構本気で悩んでしまった出来事だった。今でこそ「寂しい」という持ち物を否定的に捉えないで、それも私、って感じでサラッとやれてるんだけど、一見。本当はそんな境地に至るまでに、どうしようもない寂しさを扱いあぐねて持て余して押し潰されて、泣いたりわめいたりした無明な時期をばっちり経ている。私にとって「寂しさ」とは、まだまだサラッと扱える代物ではなかった。そんなことを感じさせてくれる経験を、これからいっぱいチェンマイですることになる。



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【 北泰の国から2009 】大きな力が動き出した

私のチェンマイ行きプラン。もともとは、いつだとか、どのくらいの期間だとか、そういったところまでちゃんと計画していたわけではなかった。次回はP先生のところに行こー♪たりらりらーん♪ってくらいにしか思っていなかった。

でも私の恐ろしいところは、そんな程度の計画でも平気で人に発表しちゃうことだ。周りのマッサージピープルには「またチェンマイ行くよ~」「来年、年が明けたらね~」「次はP先生のところに行くんだ~」と、実際には何も手配していないわりに妙に具体的なことを口に出して言っていた。しかしまあ、これだけでもプランの幹の部分は何の疑いもなく出来上がっていたんだなと、今にして思う。

でもその時は誰かと行くなんて思ってもいなかった。てっきり自分ひとりで行くものだろーと自分自身思い込んでいた。・・・つくづく感じるのだけど、この世界は、豆粒みたいに小さな自分と、自分以外の途轍もなく大きなエナジーで出来ているんだなあと。大きなエナジーはその後私の予想をはるかに超越したストーリーを運んできてくれた。

ある日、Y嬢とお茶をしながらマッサージのことだの瞑想ことだのくっちゃべっていた。何の流れでそうなったかは忘れたけど、Y嬢の口から「先生たちがチェンマイ行くかもしれないから、私もそれに付いていきたい」なんて言葉が出てきた。それはまったく予想外のことで、彼女にそんな意思があっただなんて初めて聞いたし、ましてや私とシンクロしている意思なわけだから、結構驚いた。しかしその意思をよくよく聞いてみると、「先生たちが行くなら行くけど、そうじゃないなら行かない」という、ちょっとキメ手に欠けるものだった。


今にも落ちそうな獲物を前にすると、普段は草食動物でおとなしいワタクシのハンター魂がthe・覚醒。


「だったらさあ~、私と行こうよ!」(←オトシにかかった一言)


「私、来年、年が明けたらチェンマイに行くから、そんな行くんだか行かないんだかはっきりしない話しをあてにしないで、私と行こうよ!ねっ!」

期間は1ヶ月くらい、という私のプランを聞いて、そんなに長期で仕事が休めるかわからない…、と怯むY嬢に

「職場には今から言っとけば大丈夫だよお~」…って他人事だと思って実にテキトーな俺。

でもこのテキトーさがよかったんだと思う。もし私が慎重でいい加減さが微塵もない性格だったら、チェンマイ行ってなかったかも。Y嬢の中でタイへの好奇心がだいぶ育ってきていたのもあるだろうけど、Y嬢ってば私のtheテキトーなグルーヴに見事に乗ってくれた。もっと広い目で見るなら、私もあの時大きなエナジーに乗っかっていたんだろう。

何かがカチッとはまったかのように、翌年の1月に二人でチェンマイへ行く話しがその場でまとまってしまった。かくして、「友達と海外に一ヶ月以上行く」なんて予想だにしていなかった計画が始動した。でも予想だにしていなかったんだもん、これって私の計画じゃなくて、宇宙の計画だよね。



"When you want something, all the universe conspires in helping you to achieve it,"

『THE ALCHEMIST』Paulo Coelho





【 北泰の国から2009 】そもそものはじまり

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サワディカー。
これからチェンマイでの出来事を綴っていくつもりですが、その前に、そもそもアーチャンP師の教室へ行こうと思ったきっかけから書いていきたいと思います。ふりかえると、東京から既に自分探しという意味での旅が始まっているなあと。


私は元から自分の施術に結構自信があった。私にタイマッサージを教えてくれたのは、手が触れた瞬間に私に衝撃の感動をもたらしたあーちゃんS師その人だったし、あーちゃんS師ユニークのメソッド(ゆったりしたリズムと言われるタイマッサージでありますが、この先生の加減圧はホンットにゆ~~~っくりです)こそタイマッサージ業界からおざなりにされているが実は重要な要素だと思っているし、私はこのメソッドを忠実に守るあーちゃんS師流の使い手であることに誇りを持っていた(もちろん今だって誇りですよ)。

しかしサロンの同僚と練習をしていた時にその出来事が訪れた。彼女が先に私の体にやってくれたのだが、それがまず私が今まで受けたことのないやり方だった。筋肉の張りがどうか、関節の動きはどうか等、パーツの様子を見ながらそれに合わせて手技を入れていく方法だった。様子を見ては手技、様子を見ては手技、という感じなので、流れるように手技が施されるのとはまた違う。はじめて「一定のリズムでないタイマッサージ」を知ったのだった。

それに対して、私が彼女に行ったのは、「ここ固いからこういうのがいいんじゃないかなー」という感じで知ってる手技を組み合わせた、いちおーは彼女の体に合わせたつもりのマッサージだった。今ふりかえるとかなり当てずっぽうでやっていたもので、相手の体の声や対効果を見通して行ったものではなかった。当時の私、60分のお客さんへの施術はみんな同じ一連の手技をしていたのですよ。その人に合わせてやってあげたくても時間がないから、そこそこで切り上がっちゃう、そういう考えだったのですな。

特に60分の施術に対してはある固定観念が出来上がっていた。”60分はタイマッサージじゃない、なんちゃってだよ”、”そんな短い時間で相手の体に合わせた施術まで面倒みきれない”、”通り一辺倒のことをやるのがせいぜい”・・・この固定観念、タイマッサージ従事者はみんなそう思っていると思っていた。ところが・・・。


「60分だからこそ、相手に合わせて必要なことをやっていかないと」


同僚から返ってきたのは、私が思い込んでいた「タイマッサージ従事者ならこう答える」の真逆の答えだった。そして・・・グサッと突き刺さった。正直ちょっと悔しくもあった。自分の手に自信があったものの、じゃあ100%生かしきっているかというとそうじゃないのも本当だった。彼女の言葉は、まんま、私に何がないのかを示すものでもある(彼女にそんな意図はないだろーけど)。

悔しい反面、

「じゃあどうやったらそれができるようになるの?」

・・・そこに興味を持った瞬間でもあった。

【 北泰の国から2009 】旅を終えて

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昨日、7週間いたチェンマイから帰国した。 帰国当日の昼まで、アーチャンP師の稽古場に通っていた。朝のお祈りに参加し、お昼ご飯を戴いてお暇をしたのだが、その昼食の最中にクラスメートから「麻衣ちゃんが帰るなんて気がしない。明日も明後日も普通にいそう」と言われ、自分でもその通りだと思った。

ゲストハウスのベッドで朝を迎えるのも、市場からソンテオに乗ってお稽古場に行くのも、クラスメートと放課後お茶したり、夕飯食べ行ったりも、慣れなかったすべてのことが、当たり前の日常に変わっていた今、「明日の今頃成田にいるなんて・・・」と想像してみたものの実感がわかなかった。

だけど現実には時間は刻々と過ぎ、稽古場ではクラスメートの、空港では宿泊先で隣室だったOさんの、手を振る姿が少しずつ小さくなっていくのを目に留め、沢山の友人に囲まれていたその場所から、私はひとりになった。そしてOさんと別れた10時間後、私の体は成田に立っていた。突然、道路の案内標識の、見慣れた緑色ではなく濁りのない青色が視界に突き刺さった。その時初めて、ここは日本で今私は日本にいるんだと我に返った。

今回チェンマイに行ったのは、タイマッサージの先生であるP先生のお稽古場に通うのが目的でした。私が所属するサロンの同僚に、そのP先生のところに8ヶ月通った経歴を持つ人がおり、彼女にいろんなことを教えられ分かち合う間柄になっていくにつれ、私もP先生に習いたいと自然に思うようになっていました。P先生のところでテクニックを学ぶ、技を増やす、もっともっとうまくなる・・・。その時私の頭の中はそんな程度のものでした。

そして今の私。自分で思っていたより技も増えてなければまったくうまくなってもいない。当初の目論見は何一つ達成していないような気がしますが、しかしまったく思い通りになっていない結果というものこそ、私が思っていたよりずっとずっと素晴らしいんだから不思議。

予想していたこととはいえ楽しいことばかりではなく、自分の弱さに直面して考えさせられることが本当に多かった。凹むたんびに「ホントはどうしたいのか」とか「今度こういうことがあったらこう対処しよう」とか、ひとり脳内対策本部を設置しまくりで、そんなことを繰り返すうちに、肩の力がぬけた本来の自分に近づけた気がします。あの脳内対策本部でのひとり会議こそすっごい勉強だったかもしれない。

予想以上だったのは凹む出来事だけじゃない。まさかこんなに多くの「出会い」に恵まれるとは思ってもみなかった!いい仲間、いい友人、見習いたい先輩たち。彼らから沢山のことをシェアしてもらい、教えてもらった。今までそれぞれの道を歩んできた面々が、たまたま”アーチャンP師の稽古場”という地球の一点上で交差したんだから、それってすごい奇跡だと思う。中には決していい人とは言えないような人との出会いもあったけど、それはそれで私の物事に対する見解を深めてくれる貴重な経験をくれた人だった。

新しい自分ともちゃんと出会い直せた。
正直、あとまだ残っているなあ出し切ってないなあ・・・の部分はあるんだけど、それでも今まで出会ったことのない感情を体で感じたというすごい体験を、最後の最後にちゃんともらうことができた。

何がどううまくなったと言えるものは、本当に見当たらない。でも私は確実に何かが変わっていて、見えない大きな力から1ステップ分の修了証書を戴いたような気がします。奇跡や宇宙の計らいやエナジーなどに関する、見えない力に対するアンテナが研ぎすまされたのは確か。情報過多な日本で、どこまでこのポテンシャルを維持できるかなあ。この感覚、忘れたくない・・・。「Strong here!」左胸に拳をあてて教えていたアーチャンの言葉を、私も胸に手を当てながら言い聞かせています。きっとこれからはそんな日々。終わったようで実ははじまり。


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